- 本多記念教会は、1953年に創立されました。
日本のプロテスタント・キリスト教は、アメリカなどから宣教師によってもたらされました。本多記念教会は、プロテスタント教会が合同して生まれた「日本基督教団」に属していますが、18世紀のイギリスで伝道を始めたジョン・ウェスレーを指導者とするメソジスト派の流れを継承しています。この教会は、1953年1月18日、日本メソジスト教会監督・青山学院院長を務めた阿部義宗牧師と13人の信徒によって創立されました。当初は「渋谷氷川伝道所」と称し、渋谷区氷川町にあった青い鳥幼稚園を借りて礼拝をささげていましたが、1965年現在の地に教会堂を建設した際、名称を「本多記念教会」としました。
![]() 渋谷氷川伝道所 第1回クリスマス |
![]() 創立17周年記念礼拝 (昭和45年1月) |
![]() 本多記念教会外観 |
- 本多庸一と本多記念教会
教会の名称は故本多庸一に由来します。本多庸一は嘉永元年(1848年)津軽藩(青森県)の上級武家に生まれました。明治初年、藩より派遣された横浜で宣教師バラの導きによりキリスト教の洗礼を受け、明治10年(1877年)故郷弘前市に弘前教会を創立しました。さらに東奥義塾塾長として教育に、自由民権運動の指導者として地方政治にも従事しました。その後アメリカに留学し、伝道者として一筋に生きることを決意して帰国。明治23年(1890年)、日本人として最初の青山学院院長となり、17年間の長きに渡って学院を導きました。当時、日本のメソジスト宣教団体には海外からの三つの流れがありましたが、それを一つにまとめた「和」の人として、日本メソジスト教会の最初の指導者(監督)にもなりました。本多記念教会初代牧師阿部義宗は、その甥にあたります。
![]() ジョン・ウェスレー |
![]() 本多 庸一 |







