東京オリンピック 雲散霧消した「3兆円のレガシー」 「負の遺産」に転落へ

 ついに「五輪開催経費」は「3兆円」を優に上回り、「3兆5000億円」なることが明らかになった。新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期の経費やコロナ対策費で、2940億円が上積みされたのである。五輪関連支出は更に増えることが予想され、「4兆円」も視野に入った。
 依然として五輪開催経費の「青天井体質」に歯止めがかからない。
 国際オリンピック委員会(IOC)は、五輪の肥大化批判に答えるために「アジェンダ2020~2013 OLYMPIC LRGACY~」を採択した。巨額な開催経費の負担に耐え切れず立候補する開催都市がなくなるのではという深刻な問題が浮上していた。
 そのポイントは、「開催費用を削減して運営の柔軟性を高める」、「既存 の 施設を最大限活用する」、「一時的(仮設)会場活用を促進する」、「開催都市以外、さらに例外的な場合は開催国以外で競技を行うことを認める」などである。そして2020東京五輪大会を「アジェンダ2020」を最初に適用する大会と位置付けている。
 東京2020大会は「世界一コンパクト」な大会を宣言している。その意気込みは完全に消滅してしまった。
 さらに問題なのは、五輪の準備段階で相次ぐ失態や疑惑が続出し、「3兆円」は「レガシー」どころか、巨大な「負のレガシー」に転落する深刻な事態に陥っている。
 そしてとどめを刺したのは新型コロナウイルスの感染拡大である。一向に感染拡大が収束に向かわない中で、国民の70%近くが五輪の開催の中止や再延期を訴えている。聖火リレーが全国で展開されても一向に歓迎ムードは高まらない。バッハ会長や菅首相は、東京2020大会を「コロナに打ち勝った証の大会」にしたいとしているが、「コロナに打ち勝つ」目途はまったく立っていいない。
 東京2020大会を開催するにあたって、開催意義を高らかに唱えたレガシープランを作成し、大会開催でレガシー(未来への遺産)を次世代に残すとした。最早、東京2020大会のレガシーを唱える資格はない

五輪開閉会式責任者が辞任 渡辺直美さん侮辱
 2021年3月18日、東京五輪・パラリンピックの開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクターの佐々木宏氏(66)が辞任した。開会式に出演予定だったタレントの渡辺直美さんの容姿を侮辱するようなメッセージを演出チームのLINEに送った責任をとった。 問題は17日に「文春オンライン」が報じて表面化した。佐々木氏はこの日に大会組織委員会の橋本聖子会長に辞意を伝え、18日未明に謝罪文を公表した。 謝罪文によると、佐々木氏は昨年3月5日、開閉会式の演出を担うチーム内のLINEに、渡辺さんの容姿を侮辱するような内容の演出を提案した。メンバーから反発があり、提案は撤回したという。謝罪文では「大変な侮辱となる私の発案、発言で、取り返しのつかないこと。心から反省して、ご本人、そして、このような内容でご不快になられた方々に、心からお詫び申し上げます」とした。 組織委の橋本会長は、記者会見で「不適切であり、大変遺憾。組織委がジェンダー平等の推進を重要施策として掲げている以上、辞意を受け入れることとした」と述べた。 開閉会式をめぐっては、組織委は2020年12月、大会延期に伴う演出簡素化などを理由に狂言師の野村萬斎さんを統括とする制作チームの解散と、総合企画を佐々木氏が責任者となる新体制への変更を発表した。組織委では今年2月、森喜朗前会長が女性蔑視発言の責任を取り辞任したばかりである。 五輪開幕まで約4カ月。大会関係者によると、演出内容はほぼ固まり、本番に向けたリハーサルの準備が進んでいる段階という。橋本会長は「継承すべきところは継承し、すばらしい開閉会式になるよう、早急に新たな体制を整える」と述べた。 女性蔑視発言で辞任した森喜朗前会長から引き継いで1カ月。ジェンダー平等など改革を進め、聖火リレーで大会機運を盛り上げようとしてきた橋本新体制に新たな不祥事が水を差した。 2020東京大会の「負のレガシー」にまた新たな項目が追加された。
 電通出身の佐々木氏 CMで活躍 
 辞任した佐々木氏は広告大手電通出身で、多くの人気CMを手がけたことで知られる。ソフトバンクの「白戸家シリーズ」、コーヒー飲料「BOSS」の「宇宙人ジョーンズシリーズ」、JR東海の「そうだ京都、行こう」などで数々の賞に輝いた。 五輪との関わりでは、2016年リオデジャネイロ大会の閉会式で、次の開催地の東京をPRする「フラッグハンドオーバーセレモニー」を企画演出。これが高い評価を受け、東京大会でも演出チームに加わることになった。 リオでは当時の安倍晋三首相をスーパーマリオ役でサプライズ登場させた。  
渡辺直美さんが発表したコメント(要旨) 
 去年、会社を通じて内々に開会式への出演依頼をいただいておりましたが、コロナの影響でオリンピックも延期となり、依頼も一度白紙になったと聞いておりました。 それ以降は何も知らされておらず、最初に聞いていた演出とは違うこの様な報道を受けて、私自身正直驚いております。 表に出る立場の渡辺直美として、体が大きいと言われる事も事実ですし、見た目を揶揄されることも重々理解した上でお仕事をさせていただいております。実際、私自身はこの体型で幸せです。 なので今まで通り、太っている事だけにこだわらず『渡辺直美』として表現していきたい所存でございます。 しかし、ひとりの人間として思うのは、それぞれの個性や考え方を尊重し、認め合える、楽しく豊かな世界になれる事を心より願っております。
森喜朗会長が辞意 表明 女性蔑視発言で引責 川淵三郎氏も一転して会長就任辞退
 2021年1月12日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は、評議員、理事を集めた合同懇談会で、女性を蔑視する発言をした責任を取り、会長を辞任することを表明した。後任については、森氏が次期会長就任を要請していた川淵三郎氏が一転して会長就任を辞退すると明言し白紙撤回となった。組織委員会は、後任の選出方法について、御手洗名誉会長を座長にして、国、都、JOC、アスリートなどの理事をメンバーにして選定委員会を設立して選定作業をすすめるとした。後任の有力候補には、橋本聖子五輪相の名前が上がっている。 森は発言問題の深刻化を受けて、組織委は、当初は、経緯を説明して陳謝し、続投への理解を求める方針だったが、国内外のメディアから「女性差別」と厳しい批判を浴び、アスリートやSNSなどで辞任を求める声が相次いで、今夏の大会準備への影響も出始めた。 9日には、当初は森会長が発言を撤回して謝罪したので「解決済」としていた国際オリンピック委員会(IOC)が、一転して、「森会長の発言は完全に不適切で、IOCがアジェンダ2020で取り組む改革や決意と矛盾する」と強く批判した。IOCに膨大なスポンサー料を払っているTOPスポンサー企業や収入の大黒柱である放送権料を負担する米NBCが批判の姿勢を強めたことが決め手となった。10日には東京都の小池百合子知事が2月中旬で調整されていた国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長らとのトップ級4者協議を「今ここで開いても、あまりポジティブな発信にはならないい」と述べ、欠席する意向を表明し、事実上、辞任の引導を渡した。 IOC、五輪大会を支えるスポンサー企業や米NBC、四面楚歌となった森会長には辞任の道しかない。 森会長は、日本サッカー協会や日本バスケットボール協会の会長を歴任し、東京五輪では選手村村長を務める川淵三郎氏に次期会長就任を要請し、川淵氏もこれを受託した。森会長は12日の会議で辞意を表明して、その場で川淵氏を会長に推薦するものとみられていた。一方、川淵氏は森会長に相談役就任を依頼していた。しかし、菅政権には森会長自ら後任を推薦する手法や川口氏に異論が出ていたとされ、川淵三郎氏は一転して会長就任を辞退すると明言して白紙撤回となった。辞任を表明する森喜朗氏 出典 TOKYO2020
森会長、女性蔑視発言 海外からも批判殺到
 2021年2月3日、JOC臨時評議員会に出席した森会長は、「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手をあげていうと、自分もいわなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」などと発言した。この発言に対して出席者で異論を唱える人はいなく、笑い声が出たとされている。 森氏の発言は、女性を蔑視したと受け取られ、国内内外から激しい批判を浴びた。 翌2月4日、森会長は記者会見を開き、女性を蔑視したと受け取れる発言をしたことについて、「深く反省している。発言は撤回したい」と謝罪した。会長職については「辞任する考えはない」と述べた。 質疑応答では「女性が多いと時間が長くなるという発言を誤解と表現していたが、誤った認識ではないのか」との質問に、「そういう風に(競技団体から)聞いておるんです」などと答え、競技団体全体にこうした認識が広がっていることを示唆した。 森会長は、老練な政治家のスピーチによく登場する半ば冗談の軽い気持ちで、この発言をしたのであろう。とりわけ女性差別主義者だったというわけではないだろう。しかし、ジェンダーの平等を高らかに掲げるオリンピック精神とは相いれない発言で、国際オリンピック委員会(IOC)として見過ごすことはできなかった。組織委員会の会長としての発言としては余りにも軽率だった。 
組織委員会は8日、4日以降に大会ボランティア(約8万人)辞退申し出が、約390人に上り、2人が聖火リレーランナーへの辞退を申し出たと発表した。組織委は辞退理由を公表していないが、3日に森喜朗会長が女性蔑視の発言をした影響とみられる。 また、東京都は都市ボランティア(約3万人)の辞退申し出が93人になったと発表している。 こうしたボランティア辞退の動きについて、自民党の二階俊博幹事長は8日の会見で、「瞬間的」なもので、「落ち着いて静かになったら、その人たちの考えもまた変わる」と語った。今後の対応については「どうしてもおやめになりたいということだったら、また新たなボランティアを募集する、追加するということにならざるを得ない」と述べ、さらに「参画しよう、協力しようと思っておられる人はそんな生やさしいことではなく、根っからこのことに対してずっと思いを込めてここまで来た」とし、「そのようなことですぐやめちゃいましょうとか、何しようか、ということは一時、瞬間には言っても、協力して立派に仕上げましょうということになるんじゃないか」と発言した。二階氏の発言の認識の甘さにも唖然とする。 新型コロナの感染拡大の中で活動を余儀なくされた大会ボランティアや都市ボランティア、組織委員会では「五輪大会開催の成否は『大会の顔』となるボランティアの皆さんにかかっている」と唱えている。開催を半年に控えている中で、約11万人のボランティアの人たちの思いを踏みにじった女性蔑視発言、森会長の責任は重い。 まさにコロナ禍で崖っぷちに立たされた東京2020に「女性蔑視発言」が追い打ちをかけた。東京2020大会のレガシー論は完全に「雲散霧消」してしまった。 
2020東京五輪大会開幕まで半年を切っているなかでの大会組織委員会の森会長の辞任、日本は組織のガバナンスのお粗末さを世界に露呈した。世界各国の五輪関係者から失笑を買っていることは間違いない。  徳洲会グループから受け取った選挙資金を巡って辞任した猪瀬直樹元東京都知事、公用車利用や政治資金家族旅行など公私混同問題で辞任した舛添要一前東京都知事、そして迷走した新国立競技場の建設問題の責任をとって辞任した下村博文文部科学相、大会招致に関わる贈収賄疑惑で仏司法当局の捜査を受けて退任する竹田JOC会長、2020東京五輪大会の主要な関係者は次々と不祥事で舞台から退場していった。  最早、2020東京五輪大会にレガシーを語る資格はない 。
新国立競技場 「陸上の聖地」復活か? 迷走再開 「負の遺産」への懸念増す
 迷走に迷走を重ねた上で、2019年11月30日にようやく竣工した新国立競技場は、大会後に改修して、陸上トラックを撤去して球技専用とする方針を決めていた。陸上競技スタジアムとして残すのは、多大な赤字が生まれて、スタジアムとしての維持管理が不可能としたのがその理由である。集客が見込まれるサッカースタジアムを目指すとした。この方針については、陸上関係者から、「陸上の聖地」として東京2020大会のレガシーとして残すべきだと激しい反発を招いた。 しかし、この方針が迷走を始めた。 陸上トラックを残して陸上と球技の兼用にする方向で調整が進んでいることが明らかになったのである。「陸上の聖地」の復活である。 国立競技場の後利用については、2017年11月、文科省が「大会後の運営管理に関する検討ワーキングチーム」で「基本的な考え方」を取りまとめて、政府の関係閣僚会議(議長・鈴木俊一五輪担当相)で了承されている。 それによると大会後に陸上トラックなどを撤去して、観客席を増設して国内最大規模の8万人が収容可能な球技専用スタジアム改修し、サッカーやラグビーの大規模な大会を誘致するとともに、コンサートやイベントも開催して収益性を確保するとした。改修後の供用開始は2022年を目指すとした。 しかし、その後の検討で、陸上トラックなどを撤去して客席を増設する改修工事には、多額の経費がかかる上に、球技専用スタジアムにしても、肝心のサッカーの試合の開催は、天皇杯や日本代表戦などに限られ、頼みにしていたJリーグの公式試合の開催は困難となって、利用効率の改善が期待できないことが明らかになった。またFIFA ワールドカップの開催を目指すとしても、まだまったく招致実現の目途はたっていない。 日本スポーツ振興センター(JSC)は、民間事業化に向けて行った民間事業者へのヒアリング(マーケットサウンディング)を行ったが、球技専用に改修してもあまり収益が見込めないことが明らかになったという。  また収益性を高める柱となるコンサートやイベントの開催については、屋根がないため天候に左右される上に騒音問題もあり、さらに天然芝のダメージが大きく、開催回数は極めて限定される。 陸上関係者からは、2020東京五輪大会のレガシーとして新国立競技場は陸上競技場として存続して欲しいという声は根強い。 陸上トラックを残しておけば、陸上競技大会開催だけでなく、イベントのない日などに市民にトラックを開放したり、市民スポーツ大会を開催したりして市民が利用できる機会を提供可能なり、2020東京五輪大会のレガシーにもなる可能性がある。 国際的に最高水準の9レーンの陸上トラックを2020東京五輪大会だけのため整備するのでは余りにももったいない。 しかし、国立霞ヶ丘競技場の陸上トラックを存続させ、陸上競技の開催を目指しても、収益はほとんど期待できない。陸上競技大会では、新国立競技場は大きすぎて、観客席はガラガラだろう。全国規模の大会でも数万に規模のスタジアムで十分である。 日本スポーツ振興センター(JSC)は、新国立競技場の長期修繕費を含む維持管理を年間約24億円としている。これには人件費や固定資産税や都市計画税などは含まれていないので、年間の経費は、約30億円~40億円かかると思われる。大会開催後の新国立競技場の収支を黒字にするのは至難の業である。 新国立競技場は球技専用スタジアムになるのか、陸上競技場として存続するのか、東京2020大会のシンボル、新国立競技場の迷走は、まだまだ終わらない。国立競技場 出典 JSC
9レーンの最新鋭の高速トラックを設置 筆者撮影
竹田JOC会長退任 桜田五輪相更迭
 2019年3月19日、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は、理事会で、6月の任期満了での退任を表明した。国際オリンピック委員会(IOC)委員も辞任することも明らかにした。開幕まで500日を切った中で、五輪を開催する国内オリンピック委員会のトップが退く異例の事態となった。 竹田会長は、理事会終了後、記者団に対して、「来年の東京大会を控えて世間を騒がしていることを大変心苦しく思っている。次代を担う若いリーダーに託し、東京オリンピック、日本の新しい時代を切り開いてもらうことが最もふさわしい。定年を迎える6月27日をもって任期を終了し、退任することにした」とし、「バッハIOC会長とは何回も連絡をとっているし、昨日も今日も電話で話をした」と述べた。 2018年12月、仏司法当局は、2020東京大会を巡る買収疑惑について、「東京招致が決まった13年に180万ユーロ(約2億3千万円)の贈賄に関わった疑いがある」として竹田氏をパリで事情聴取し、本格捜査に乗り出した。竹田氏は「潔白」を主張しているが、開催都市決定に関わる買収工作に使われた嫌疑がかけられている 6月の任期満了退任には、事実上の引責辞任であろう。 疑惑報道を受けて開いた2018年1月の記者会見で、竹田氏は疑惑を否定する自らの主張を述べる一方で記者側の質問を受けず、7分間で席を立った。この姿勢が世論の反発を招いた。大会組織委関係者らからは「東京大会のイメージを損なう」などと続投を疑問視する声が強まった。 そして2019年4月10日、桜田義孝五輪相は、東日本大震災で被災した岩手県出身の自民党衆院議員のパーティーであいさつし、議員の名前を挙げて「復興以上に大事」と発言した。いったんは記者団に発言を否定したが、被災地を軽視すると言える発言に批判が強まり、過去の失言をかばってきた安倍晋三首相が事実上、更迭した。 後任には、桜田氏の前任の五輪相だった鈴木俊一氏(衆院岩手2区、当選9回、麻生派)を起用した。 2020東京五輪大会は「東日本大震災からの復興」を掲げて開催されるオリンピック大会である。政府の中で大会開催を中核になって担う五輪担当相としては余りにもお粗末だろう。唖然というほかない。 相次ぐ五輪関係者の辞任に、2020東京五輪大会の運営体制のお粗末さを世界に露呈し、世界各国の関係者から失笑を買っていることは間違いない。竹田恒和氏 出典  日本オリンピック委員会(JOC)
消えた「復興五輪」
 「復興五輪」を唱えたのは、2020東京五輪大会の誘致を表明した石原慎太郎東京都知事である。 2012年2月、招致委員会は、国際オリンピック委員会(IOC)に出した申請ファイル(開催計画)でテーマの一つに「震災復興」を掲げた。 2013年夏の都議会でも、石原氏の後を継いだ猪瀬直樹都知事は「被災地の復興に弾みをつけ、東京と日本を飛躍させる起爆剤にしたい」と強調した。 「復興に向かう姿を世界に発信する」、「スポーツの力で被災地を元気にする」がそのスローガンである。 ところが、この年の1月、招致委がIOCに提出した立候補ファイルでは「コンパクト五輪」が強調され、理念から「復興」が消えた。関係者は「原発事故に対する懸念が海外では強く、触れない方がいいと考えられた時期があった」と説明する。 2016年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会で東京がイスタンブールとマドリードを破り2020五輪大会の開催地を勝ち取った。投票が行われる直前の招致演説で、東京大会の開催意義で掲げたのは「復興五輪」であった。東日本大震災から復興した姿を発信して、復興を支援してくれた世界各国に感謝する大会にすると宣言した。 しかし、「復興五輪」は、完全に消え去り、新型コロナウイルスの感染拡大の中で、「コロナに打ち勝った証の大会」がメインテーマになってしまった。 それでも、組織委員会は「『復興五輪』は招致の源流。一日たりとも忘れたことはありません」と繰り返す。 「復興五輪」のスローガンは、いまも取り下げてはいない。  2018年11月、大会の準備状況を確認するため来日した、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と安倍晋三首相は、福島市の野球・ソフトボール会場を視察した。 訪れたのは福島県営あづま球場、安倍首相は「復興五輪と銘打って、復興した姿を世界に発信したい」とあいさつし、バッハ氏が「心の復興という中ではスポーツが大きな役割を果たす」と笑顔で応じた。東日本大震災からの「復興五輪」を改めてアピールする目論見が込められていた。 あづま球場では、日本で人気のある野球・ソフトボールの会場で、全競技に先駆けてソフトボールの開幕戦、日本対オーストラリア戦を始め6試合と野球の予選1試合が行われる。 また聖火リレーのグランドスタートは、サッカーのナショナルトレーニングセンター、Jビレッジ(楢葉町・広野町)で行われた。 Jビレッジは、東京電力が福島原子力発電所を受けて入れくれた地元の地域振興事業として総工費130億円を投じて建設し、福島県に寄付した施設である。 東日本大震災の津波で被害を受け、メルトダウンに陥った福島第一原発の事故対応拠点となり2年余り全面閉鎖された。グランドには仮設の宿舎が立ち並び、事故対応車両で埋め尽くされた。建物には高濃度の放射能で汚染された原発敷地内に立ち入る作業員の除染機器や検査設備が並んでいた。 Jビレッジは、福島原発事故の象徴的な施設だった。 しかし、原発事故は、周辺地域に深刻な影響を残したままである。 10年を迎えた今年、避難生活を送る人は未だに4万人近くいて、福島県では放射線量が高い7市町村にまたがる「帰還困難区域」の大半で解除の見通しが立たない。双葉町では96%の地域が「帰還困難区域」のままで、住民の暮らしの再建はまったくできない。「復興に向かう姿」とは程遠いのが現実である。2019年3月、聖火リレーの出発式を福島県楢葉町のJビレッジで開催する予定だったが、直前に新型コロナの感染拡大で急遽中止に。壮大なステージは使用されず撤去。Jビレッジは、福島第二原子力発電所事故対策の拠点となり、ピッチは作業用車両の駐車場や資材置き場、建物内には作業員の除染施設が設置され、1日に8000人程度が事故対応に従事した。 筆者撮影
深刻化する放射能汚染水問題
 2013年9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで行われたIOC総会の最終招致演説で、安倍首相は、「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、完全にコントロールされています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」と高らかに宣言し、英語で「Under Contorl!」と両手を広げてIOC委員にアピールした。  2013年4月、東京電力福島第一原発内の地下貯水槽から放射能汚染水が漏れたことが明るみに出た。東電は、漏れた量の推定を約120トン、漏れた放射能は約7100億ベクレルと発表した。事故前の年間排出上限の約3倍の量で、2011年12月に政府が事故収束宣言して以来最大となった。 「東日本大震災からの復興」を掲げた東京大会で、放射能汚染水問題が決して解決していないということが世界各国に印象付けられた。各国メディアから東京大会開催への安全性について強い懸念が出され、総会前の会見では、汚染水漏れ事故に関する記者からの質問が集中して、答えに窮する状況が頻発した。汚染水漏れ事故は東京大会招致のアキレス腱に浮上した。 そして安倍首相は、科学的な数字を持ち出して説明を加え、「福島の近海で、私たちはモニタリングをおこなっている。その結果、数値は最大でも世界保健機関(WHO)の飲料水の水質ガイドラインの500分の1だ。これが事実です。そして、我が国の食品や水の安全基準は、世界で最も厳しい。食品や水からの被曝(ひばく)量は、日本のどの地域でも、この基準の100分の1だ」 と述べた。 同行した橋本聖子参院議員は、「首相が自ら話す予定はなかったが、国のトップが説明し、IOC委員の不安を振り払う必要に迫られた」 と話している。 
 日本が五輪招致に成功した要因について、仏フィガロ紙は「秀逸な計画と完璧なプレゼンテーション(招致演説)、予算、競技場の立地条件、世界最高の治安水準」で東京が他の2都市を上回ったと分析。東京電力福島第1原発事故による放射能汚染について「まだ完全に安全とは言えない」と指摘した上で、安倍首相のスピーチなどで「投票者を安心させるのに成功した」と評した。 しかし、福島第二原発の放射能汚染水漏れは、決し収束してはいない。 福島第1原発の汚染水問題をめぐり、安倍晋三首相が五輪招致のプレゼンテーションで「完全にブロックされている」「コントロール下にある」と発言したことについて、東京電力は、総会開催直後の9月9日の記者会見で、「一日も早く安定させたい」と述べ、安倍首相発言を事実上否定した。 これに対して、安倍政権は火消しに追われ、菅義偉官房長官が東電との食い違いを否定し、結局、東電はホームページに「当社としても(首相発言と)同じ認識です」とコメントを載せた。しかし、この対応で、汚染水は、本当はコントロールされていないのではという懸念を逆にクローズアップさせる結果になった。 
 汚染水の海洋流出も発生していたことも明らかになり、東電では防波堤に囲まれた港湾内(0.3平方キロ)には、汚染水が海側に流出するのを防ぐための海側遮水壁が建設したり、湾内に広がるのを防ぐために「シルトフェンス」という水中カーテンを設置したり対策に乗り出した。 東京電力福島第一原発では、今も汚染水が海に漏れ続けている。放射性物質を封じ込めるという意味では、汚染水のコントロールはできていないのは明らかであろう。 その後8月にはタンクから300トンの汚染水が漏れていたことが発覚。一部は排水溝を伝い外洋に流れ出たとみられる。残りは地中に染み込み、タンク周辺の土壌や地下水から放射性物質の検出が相次いでいる。タンク北側の観測井戸で12日に採取した水からは、トリチウムが1リットルあたり13万ベクレル検出された。土壌への汚染が地下水によって広がっている恐れが指摘された 経済産業省によると、1~4号機の海側では、今も1日300トンが海に流れ出ているという。東電は港湾の外ではほとんど放射性物質は検出されていないとし、「海洋への影響はなくコントロールされている」としている。しかし、港湾の出入り口は開いたままで海水が出入りしている。放射性物質が検出限界値未満なのは海水で薄められているためとみられる。 2020東京五輪大会招致に成功したのは、安倍首相の「アンダーコントロール」発言を繰り返し、IOCを委員の不安を払拭させたことだけでないだろう。しかし、「嘘」と批判されるに値する発言で、招致を獲得したとするならば、東京五輪開催の大義は消え去る。福島第二原子力発電所 事故直後の3号機と4号機 出典 東京電力ホールディングス
汚染処理水の海洋放出へ
 東京電力福島第1原発の汚染処理水について、政府は4月13日、放射性物質、トリチウムの濃度を国の放出基準より下げたうえで、海に流すことを決めた。放出は2年後に始まる。風評被害を防ぐため、政府・東電に課された責任は重い。 福島第1原発では事故直後から、溶け落ちた核燃料を冷やす水と、建屋に入り込む地下水などが混じって放射性物質が高濃度の汚染水が生じ続けている。現在の発生量は、1日約140立方メートル。このため、東電は多核種除去設備「ALPS(アルプス)」などで放射性物質の濃度を下げてきた。しかし、トリチウムを含む水は普通の水と化学的な性質が同じなので取り除くことができず、処理後の水を敷地内のタンクで保管してきた。 トリチウムを含む汚染処理水をどう処分すべきかは、廃炉作業をするうえで事故当初からの課題だった。 このため、経済産業省は有識者らをメンバーに加えた会議を設置。複数の処分方法案に関して費用対効果などを評価し、2年半の議論の末、2016年6月に処分方法を一本化するものではないと断りつつ「海洋放出は費用が安く処分期間も短い」と結論づけた。 敷地内のタンクの数は現在約1000基。そこに、約125万立方メートル(東京ドームの容積に相当)たまっており、2023年3月ごろには満水になる見通しだ。東電は、海洋放出をする場合、装置の設置や原子力規制委員会の許可を得るのに約2年かかるとみている。これ以上決断を先送りにすれば装置の設置などが間に合わず、処分方法の決定は緊急の課題になっていた。 今回の決定に対し、JF全漁連(全国漁業協同組合連合会)の岸宏会長は「極めて遺憾。到底容認できるものではない」と強く抗議する声明を出した。 10年経ってようやく福島沖の漁業の再開に目途が付き始めた段階で、漁業関係者は、再び「風評被害」で大きな打撃を受けるという懸念を拭い去ることができない。 一方、中国外務省は13日に談話を発表し、日本政府の決定を「極めて無責任だ」と批判した。「国際社会や近隣諸国と十分な協議をしないまま、汚染処理水の放出を一方的に決めた」と非難。韓国政府も13日「絶対に受け入れられない措置だ」と反発し、強い遺憾の意を表明。外務省は相星孝一駐韓大使を呼んで抗議した。福島第二原子力発電所構内に立ち並ぶ汚染水タンク。今も1日130tの汚染水が増え続け、約1000個ある汚染水タンクは、2023年秋以降には満杯になる。2022年7月、原子力委員会は処理水の海洋放出を認可、福島県と地元2町も了承して、放出設備の工事が始まる。しかし、漁業者などを中心に風評被害に懸念を示す声が根強く、説得できるかが焦点。 出典 経産省
クローズアップされた「負のレガシー」(負の遺産)
 「“負の遺産”を都民におしつけるわけにはいきませんので」。小池都知事は、こう宣言した。 2016年9月29日、東京五輪・パラリンピックの開催経費の妥当性を検証している東京都の「都政改革本部」の調査チームは、大会経費の総額が「3兆円を超える可能性がある」とする報告書を小池百合子知事に提出した。都が整備を進めるボート会場など3施設の抜本的見直しや国の負担増、予算の一元管理なども求めた。 これに先立って、 東京五輪・パラリンピックの関係組織、大会組織委員会や東京都、国、JOCなどのトップで構成する調整会議が午前中に、文部科学省で開かれ、小池都知事は、調査チームのまとめた調査報告書を報告した。 会議で小池都知事は、「改革本部の報告書については、大変に中味が重いものなので、それぞれ重く受け止めていると思う。これまでどんどん積みあがってきた費用をどうやってコストカットし、同時に、いかにレガシーを残すか、そういう判断をしていきたい」と述べた。 これに対し、森組織委会長は「IOCの理事会で決まり、総会でも全部決まっていることを、日本側からひっくり返してしまうということは極めて難しい問題だろうと申し上げておいた」苦言を呈した。 小池都知事は、「“負の遺産”を都民におしつけるわけにはいきませんので」と応じた。 
 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催経費は、「3兆円」を上回り「4兆円」に達する勢いである。これだけ巨額の経費を使い開催する東京五輪は、レガシー(未来への遺産)を残さなければならのには疑問の余地はない。負のレガシー(負の遺産)として次世代の負担にしてはならないのは明白だ。五輪大会が開催されるのは、オリンピックで17日間、パラリンピックで13日間、合わせてもわずか30日間に過ぎない。五輪開催後のことを念頭に置かない施設整備やインフラ整備計画はあまりにも無責任である。 日本は、これから少子高齢化社会がさらに加速する。2040年には総人口の36・1%が65歳以上の超高齢者社会になる。また人口も、2048年には1億人を割って9913万人となり、2060年には8674万人になると予測されている。五輪開催で整備される膨大な競技施設は果たして次世代に本当に必要なのだろうか? また新たに整備される施設の巨額の維持管理費の負担は、確実に次世代に残される。毎年、赤字補てんで公費投入は必至だろう。 
 国際オリンピック委員会(IOC)は、五輪の肥大化批判に答えるために「2013 OLYMPIC LRGACY」を採択して、開催都市に対して、大会開催にあたってレガシー(未来への遺産)を重視する開催準備計画を定めることを義務付けた。 2020東京五輪大会組織委員会では、リオデジャネイロ五輪の直前の2016年7月に、「東京2020 アクション&レガシープラン2016」を策定している。「スポーツ・健康」、「文化・教育」、「復興・オールジャパン・世界への発信」、「街づくり・持続可能性」、「経済・テクノロジー」の5つの柱を掲げた。 しかし、最も肝要な施設整備を巡るレガシー(未来への遺産)については、ほとんど記述がない。新国立競技場を始め、競技施設の相次ぐ建設中止、整備計画の見直しなど“迷走”と“混乱”が深刻化している中で、レガシーを語るどころではない。膨れ上がった開催経費の徹底した見直しを行うべきという都民や国民の声に、どう答えるかが、“レガシー”を語る前提なのは明らかだ。“美辞麗句”の並んだ「アクション&レガシープラン」には“虚しさ”を感じる。 「世界一コンパクト」な五輪大会を宣言した意気込みはどこにいったのか? 「都政改革本部」の調査チームの大胆な“見直し”提言で、再び、クローズアップされたレガシー(未来への遺産)、真剣に向き合う姿勢が必須となった。レガシー(Legacy)とヘリテージ(Heritage) レガシー(Legacy)の単語の意味は、「遺産」、「受け継いだもの」とされ、語源はラテン語の“LEGATUS” (ローマ教皇の特使)という。「キリスト教布教時にローマの技術・文化・知識を伝授して、特使が去ってもキリスト教と共に文化的な生活が残る」という意味が込められているという。どこか宗教的なニュアンスのある言葉である。また、legacy は,財産や資産などや、業績など成果物的なものも言う。遺言によって受け取る「遺産」という意味にも使われる。 一方、heritage は,先祖から受け継いでいくものというような意味の遺産で,「(先祖代々に受け継がれた)遺産」などと訳されていて、お金に換算したりしない「遺産」をいう。「世界文化遺産」とか「世界自然遺産」は“Heritage”を使用している。 また、“Legacy”は、「負の遺産」(Legacy of Tragedy)という意味でも使われ、“legacy of past colonial rule”=「植民地支配の『後遺症』」とか、“legacy of the bubble economy”=「バブル経済の名残」とかマイナスの意味が込められた表現にも使用され幅が広い。 レガシー(未来への遺産)は、正確には“Positive Legacy”と“Positve”を付けて使用している。レガシーの登場 “肥大化批判”IOC存続の危機 国際オリンピック委員会(IOC)が「レガシー」という概念を掲げた背景には、五輪の存続を揺るがす深刻な危機感があった。オリンピックの「肥大化批判」である。2022年冬季五輪の開催都市選考は、有力候補のオスロやストックホルムが撤退し、最終的に立候補した都市は、北京とアルマトイ(カザフスタン)だけになり実質的に競争にならなかった。2024年夏季五輪でも、ボストンやハンブルグは住民の支持が得られず立候補を断念、最後まで誘致に熱心だったローマは、選挙で当選した新市長が「立候補に賛成するのはいかにも無責任だ。さらに借金を背負うことを、我々は良しとしない」として立候補を辞退し、最終的に、立候補都市はパリとロサンゼルスしか残らなかった。 膨大な開催経費の負担に耐え切れず立候補する開催に立候補する都市がなくなるのではという懸念が深まった。 問われているのは国際オリンピック委員会(IOC)の姿勢である。
Legacy(レガシー)をIOC憲章で位置付け
 2013年、リオデジャネイロの国際オリンピック委員会(IOC)総会で、ロゲ前会長と交代したバッハ会長は、五輪改革に乗り出した。 この年に、国際オリンピック委員会(IOC)は、「Legacy(レガシー)」と概念を掲げ、「Olympic Legacy」という冊子を公表した。 そして、オリンピック100年にあたる2002年に定められた「オリンピック憲章」の中に、この“Legacy”(レガシー)という文言が明記された。“To promote a positive legacy from the Olympic Games to the host cities and countries.”(オリンピック競技大会の“遺産”を、開催都市ならびに開催国に残すことを推進すること)(<第1章第2項「IOCの使命と役割」>の14.)国際オリンピック員会(IOC)は、毎回、オリンピック競技大会を開催するにあっって、“Legacy”という理念を強調する。 ここでは「未来への遺産」と訳したい。 「レガシー」とは、オリンピック競技大会を開催することによって、単にスポーツの分野だけでなく、社会の様々な分野に、“有形”あるいは“無形”の“未来への遺産”を積極的に残し、それを発展させて、社会全体の活性化に貢献しようとするものである。開催都市や開催国にとって、開催が意義あるものにすることがオリンピックの使命だとしている。 
 その背景にあるのは、毎回、肥大化する開催規模や商業主義への批判、開催都市の巨額の経費負担、さらにたびたび起きる不祥事などへの批判などで、オリンピックの存在意味が問い直され始めたという深刻な危機感である。 IOCは、その反省から、開催都市に対して、単に競技大会を開催し、成功することだけが目的ではなく、オリンピックの開催によって、次の世代に何を残すか、何が残せるか、という理念と戦略を強く求めるとした。 さらに、オリンピックの肥大化の歯止めや開催費用の削減に取り組み、翌年2014年には、「アジェンダ2020」を策定し、五輪改革に踏み出した。 「アジェンダ2020」は、合計40の提案を掲げた中長期改革である。 そのポイントは以下の通りだ。* 開催費用を削減して運営の柔軟性を高める* 既存の施設を最大限活用する* 一時的(仮設)会場活用を促進する* 開催都市以外、さらに例外的な場合は開催国以外で競技を行うことを認める* 開催都市に複数の追加種目を認める。 国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピックの存在をかけて改革に取り組む瀬戸際に追い込まれていた。 そして2020東京大会を「アジェンダ2020」を最初に適用する大会と位置付けた。「アジェンダ2000」の策定 さらに、バッハ会長はオリンピックの肥大化の歯止めや開催費用の削減に取り組み、翌年2014年には、「アジェンダ2020」を策定し、五輪改革に踏み出した。 「アジェンダ2020」は、合計40の提案を掲げた中長期改革である。 そのポイントは以下の通りだ。* 開催費用を削減して運営の柔軟性を高める* 既存の施設を最大限活用する* 一時的(仮設)会場活用を促進する* 開催都市以外、さらに例外的な場合は開催国以外で競技を行うことを認める* 開催都市に複数の追加種目を認める。 国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピックの存在をかけて改革に取り組む瀬戸際に追い込まれていた。 そして2020東京大会を「アジェンダ2020」を最初に適用する大会と位置付けた。しかし、2020東京大会の開催経費は、すでに史上最高の「3兆5000億円」にも達し、五輪大会の肥大化に歯止めをかけたいという目論見は挫折した。出典 国際オリンピック委員会(IOC)
破綻 リオデジャネイロ五輪のレガシー
 2016年8月に開催されたリオデジャネイロ五輪では、日本は過去最多の金12、銀8、銅21の計41個のメダルを獲得し、テレビ中継にくぎ付けになった。 そのリオデジャネイロで、半年足らずで、オリンピック施設の崩壊が急速に始まっている。開催都市が掲げたレガシー・プランは一体どこへ行ったのだろうか。  「宴の後」は、冷酷である。 リオデジャネイロ五輪の競技場は、マラカナン地区(4競技場)とコパカバーナ地区(選手村、4競技場)、バーラ・ダ・チジュッカ地区(オリンピック・パーク 15競技場)、デオドロ総合会場(9競技場)の三つに地区に32の競技施設が整備された。 市や大会組織委員会は、オリンピック開催後のレガシーについて、開催都市や国は、長期にわたってレガシーの恩恵が残されると宣言していた。
ニューヨーク・タイムズの報道によると、オリンピックパークにあるいくつかのスタジアムの入り口は板で封鎖され、ネジなどがグラウンドに散乱し、ハンドボールの競技場は鉄製の棒でふさがれている。IBC(国際放送センター)は半壊状態、練習用の水泳プールはゴミや泥にまみれていると伝えている。 リオ五輪のシンボル、開会式と閉会式が開かれたマラカナン・スタジアムでは今では芝生が枯れて茶色になり、観客席は数千席も壊されてしまい、100万ドル近い電気代が滞納状態になっている。  1900万ドル(約21億円)で建設したゴルフコースは、今ではプレーをする人はいなく、打球の音よりも鳥の声がけたたましく聞こえているという。 採算が合わず管理会社が即時撤退する可能性が浮上している。 リオ市郊外のデオドロ地区は、主会場に次いで2番目に多くの五輪施設がつくられた。カヌーのスラロームコースは、スイミングプールとして一般に開放された。しかし、昨年暮れから一般の利用は止めている。 選手村の計31棟の高層宿舎ビル(17階建て、計3604戸)は、五輪後、高級マンションとして売却されるはずだった。ところが、実際に売れたのは全体の10%に満たない。  リオデジャネイロ市は「ホワイト・エレファント(white elephant=維持費がかかるだけの無用の長物)にはならない」と公約していた。 テコンドーやフェンシングの競技場は五輪後、学校の校舎に改装することになっていた。他の二つの競技場も別の場所に移築し、四つの学校として再利用する計画だった。しかし、どれもまだ実現していない。 リオ市は五輪後、オリンピックパークの運営を民間に任せるためのオークションを開いた。だが、入札に加わった会社は一つもなかった。このため運営経費などの財政負担は、結局、中央政府のスポーツ省が担うことになった。 競技場施設の荒廃が進む背景には、開催都市や国の深刻な財政的危機がある。 レガシーを実現するための新たな支出がまったく不可能なのである。レガシーの実現にはさらに追加経費が必要ことを忘れてはならない。リオデジャネイロ五輪五輪スタジアム マラカナン・スタジアム 出典 LCORG
五輪開催の負担に苦しみ続けた長野
 長野冬季五輪1998の開催都市、長野市はもともと堅実な財政の自治体とされ、1992年度には約602億円もの基金を蓄えていた。長野市は、五輪開催に向けてこの基金を取り崩し、それでも足りない分を、市債を発行して開催経費をまかなった。 長野市の市債発行額は1992 年度に127億円だったが、1993 年度には 406億円と 3 倍強に膨れ上がった。1997年度末、市債の発行残高は1921億円に膨張した。この借金は市民1人あたり約53万円、1世帯あたり154万円にも上った。長野市の借金の償還ピークは2002年前後で、償還額は年間約230億円にも達した。以後、約20年間、長野市は財政難に苦しみながら、借金を払い続け、ようやく2017年度に完済するとしている。 さらに長野市には整備した競技場施設の維持管理の重荷がのしかかっている。長野市は、エムウエーブ、ビックハットなど6つの競技場施設を、約1180億円を拠出して整備した。しかし、競技場施設からの収入は約1億円程度でとても施設の維持管理費をまかなうことはできない。毎年、長野市は約10億円の経費を負担し続けている。競技場施設を取り壊さない限りこの負担は永遠に続くだろう。そして、2025年頃にやってくる大規模修繕工事では、さらに巨額の経費負担が発生する。 そのシンボルになっているのが長野オリンピックのボブスレー・リュージュ会場として使用された“スパイラル”、長野市ボブスレー・リュージュパークである。  “スパイラル”はボブスレー・リュージュ・スケルトン競技施設として長野県長野市中曽根に建設された。コースの全長は1700m、観客収容人数は約1万人、101億円かけて整備された。“アジアで唯一のボブスレー・リュージュ競技の開催が可能な会場”がそのキャッチフレーズだ。 しかし大会開催後は維持管理費の重荷に悩まされている。コースは人工凍結方式のため、電気代や作業費など施設の維持管理に年間2億2000万円もの費用がかかる。ボブスレー・リュージュ・スケルトン、3つの競技の国内での競技人口は合わせて130人から150人、施設が使用される機会は少なく、利用料収入はわずか700万円程度にとどまる。毎年約2億円の赤字は長野市や国が補填している。
 そして建設から20年経って、老朽化も進み、補修費用も増加した。長野市の試算では、今後20年間で、施設の維持管理で約56億円が必要としている。 長野市では、平昌冬季五輪までは存続させるが、大会終了後は、存続か廃止かの瀬戸際に立たされている。 一方、長野県も道路などのインフラ整備や施設整備に巨額の経費を拠出した。それをまかなうために県債を発行したが、県債の発行残高は1997年度末で約1兆4439億円、県民一人当り約65万円の借金、1世帯あたり約200万円の借金とされている。借金額は長野県の一般会計予算の規模より大きくなってしまった。 長野県が借金を完済するのは平成36年度(2025年)、 長野五輪開催から約30年間、払い続けることになる。  長野冬季五輪の教訓は、一体、どう活かされているのだろうか?出典 大和総研 長野冬季五輪 長野冬季五輪 出典 IOC長野冬季五輪開会式 1998年2月7日 出典 IOC
2020年東京五輪大会 レガシー実現こそ最優先の課題だ
 国際オリンピック員会(IOC)は、オリンピック競技大会を開催するにあっって、「Legacy」(レガシー/遺産)という理念を強調する。 レガシーとは、単にスポーツの分野だけでなく、社会の様々な分野に、有形あるいは無形の「未来への遺産」を積極的に残し、それを発展させて、社会全体の活性化に貢献しようとするものである。その背景には、毎回、肥大化する大会規模や商業主義への批判や開催都市の巨額の経費負担などで五輪大会の存続への危機感が生まれていた。 2020東京五輪大会のビジョンは、「全員が自己ベスト」、「多様性と調和」、「未来への継承」の3つの基本コンセプトを掲げ、「2020年は史上最もイノベーティブで世界にポジティブな変革をもたらす大会とする」と宣言している。  混迷と混乱が相次いでいる中で「3兆円」を投入して開催する2020東京五輪大会、高邁な理想を掲げたレガシー論を語る資格はまったくない。 オリンピックは、単に競技大会を開催し、成功することだけが目的ではなく、開催によって、次世代に何を残すか、何が残せるか、という理念と戦略が求められる。 「五輪開催経費」は「3兆円」を優に上回り、「3兆5000億円」なることが明らかになった。新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期の経費やコロナ対策費で2940億円が上積みされたのである。五輪関連支出は更に増えることが予想され、「4兆円」も視野に入った。 「3兆円」のレガシーを一体どんな形で実現しようとしているのか? 大会開催で「負のレガシー」(負の遺産)を残すことは決して避けなければならない。残された時間はもうほとんどない。TOKYO2020のレガシーとして何を残せるか 1964年の東京オリンピックの「レガシー」は、「東海道新幹線」、「首都高速道路」、「地下鉄日比谷線」、そして「カラーTV」だったと言われている。東京オリンピックをきっかけに、日本は「戦後復興」から、「高度成長期」に入り、そして「経済大国」を登りつめていく瞬間だった。「東海道新幹線」や「首都高速道路」などの交通インフラはその後の日本の経済成長の基盤となり、まさにレガシーとなった。「カラーTV」は、HD液晶テレビなどで世界を席巻する牽引車となった。 そして「公害と環境破壊」、「バブル崩壊」、「少子高齢化社会」へ。
 時代の変遷とともに、「レガシー」(未来への遺産)の理念も根本から変える必要がある。有形の「レガシー」だけでなく無形の「レガシー」が」求めらる時代に入った。 日本では、「高度成長」の名残りで、ビック・プロジェクトに取り組むとなるといまだに箱モノ至上主義の神話から脱却できないでいる。競技場や選手村の建設や交通基盤の整備などの必要性については、勿論、理解できが、膨れ上がった開催経費への危機感から、施設整備やインフラ整備は徹底した見直しが必須の状況に直面している。壮大な競技場を建設して、国威発揚を図る発想は、時代錯誤なのは明白だろう。大会が開催されるのは、オリンピックで17日間、パラリンピックで13日間、合わせてもわずか30日間に過ぎない。五輪開催後のことを念頭に置かない施設整備やインフラ整備計画はあまりにも無責任である。 日本は、これから少子高齢化社会がさらに加速する。2040年には総人口の36・1%が65歳以上の超高齢者社会、2048年には1億人を割って9913万人となると予測されている。五輪開催で整備される膨大な競技施設は果たして次世代に必要なのだろうか? 巨大な競技場は負のレガシー(負の遺産)になる懸念が大きい。 2020東京五輪大会のレガシー(未来への遺産)は、無形のレガシーや草の根のレガシーをどう構築するかに重点を置いたらと考える。 今年2月策定された基本計画では、「オリンピック・パラリンピックの価値や日本的価値観の発信」の項目には、「アクションの例」として、「『和をもって尊しとなす』や『おもてなしの心』など日本的価値観の大会への反映」をあげている。 こうした価値観を、どのように大会に反映させるのだろうか? 言葉だけのスローガンにして欲しくないポイントだ。 超高齢化社会を前提にするなら、巨大な競技施設を建設より、一般市民が利用するプールやグランドなどのスポーツ施設を充実させる方が次世代にはよほど有益で、レガシーになるだろう。 2020東京五輪大会では、“レガシー”(未来への遺産)として、我々は次の世代に何が残せるのだろうか?