北京冬季五輪 人権問題 外交的ボイコット

日本はアメリカの“プードル”になるな
 北京冬季五輪2022で、米バイデン政権は、新疆ウイグル自治区の人権問題に抗議して、政府代表団を送らないとする“外交的ボイコット”を行うことを表明した。英、豪、カナダ、ベルギーなどは米国に同調した。
 岸田政権は、“外交的ボイコット”という言葉使用せず、人権問題に言及しないで、「総合的な判断」として政府関係者は派遣しないと表明した。日中関係への影響を避けながら、日米関係にも配慮する「玉虫色」の対応となった。
 北京冬季五輪には、日本オリンピック委員会(JOC)会長の山下泰裕氏と 東京大会組織委員会会長の橋本聖子氏が参加する。岸田政権は、両氏については国際オリンピック委員会(IOC)からの「招待」であることを強調した。
 今回の“外交的ボイコット”問題で忘れてはならないのはモスクワ五輪1980のボイコットである。
 1979年12月、ソ連がアフガニスタン侵攻すると、米ソ冷戦は頂点に達し、米国のカーター大統領は1980年(昭和55年)1月に五輪ボイコットを提唱。4月にはボイコットを決めて、日本政府にも不参加を迫った。
 これに対し、大平正芳政権は、西側陣営の一員として、米国に同調する方向に傾いていった。
 こうした中で、1980年4月21日、日本オリンピック委員会(JOC)の緊急強化コーチ選手会議が開かれた。この会議で柔道無差別級の代表選手に決まっていて、金メダルの最有力候補だった山下泰裕氏は、ボイコットに反対して、モスクワ五輪参加を涙ながらに訴えた。
 JOCは一度は「原則として参加する」と申し合わせた。五輪憲章は各国・地域オリンピック委員会を「自主独立団体でなければならない」と定めており、五輪参加の可否の決定はJOCの「専権事項」とされていた。
 しかし、大平政権から「派遣することは望ましくない」との見解を伝達された日本体育協会(現日本スポーツ協会)は、参加反対を決議した。日本体協の歴代会長の多くは政治家が務めており、政権の強い影響下にあった。JOCは当時、独立した組織ではなく日本体育協会の特別委員会に過ぎなかったため、日本体育協会の意向に抗うことは困難であった。
 そして5月24日、JOCは臨時総会で投票を行い、「参加すべし」13人、「不参加もやむを得ない」29人、棄権2人、政権の意向に沿って「不参加」で決着した。
 五輪代表団の選手182人、役員64人は五輪大会のひのき舞台に立つことさえ許されず、「幻の五輪代表」となった。
 そして40年余り、今度は北京冬季五輪で“外交的ボイコット”が行われる。
 モスクワ五輪と決定的に違うのは、米国を含めて選手団は予定通り北京に派遣されることで、実質的なダメージはない。
 そもそも五輪大会で各国の政府代表団は一体何をするのだろうか。過去の五輪大会の報道を見ても政府代表団の活動は一切伝えられていないし、実態はまったくわからない。ほとんど“物見遊山”とも思われる無意味な政府代表団の派遣は税金の無駄遣いだろう。オリンピック運動とは何の関係もない“政府代表団”は、これを機会に止めるべきだ。
 何の意味もない政府代表を派遣しないことを、“外交的ボイコット”を呼ぶのは余りにもお粗末である。
 日本は米国の“プードル”になるべきでない。バイデン政権の政治的思惑とは一線を画すべきだ。
 山下泰裕氏は、北京で、40年前の思いを胸にしっかり抱き、スポーツ精神の意義を高らかに訴えて欲しい。 
 しかし、筆者は中国の新疆ウイグル自治区の人権問題や香港の民主化問題に対する姿勢については強く抗議をする。

彭帥(Peng Shuai)選手 Source Beijing2022

前副首相との不倫告白 中国の有名テニス選手
 中国の有名プロテニス選手、彭帥さん(35)が2日夜、2017年まで共産党最高指導部メンバーだった張高麗・前筆頭副首相(75)と不倫関係にあったことを実名で告白する文章を、中国版ツイッター「微博」に投稿した。投稿は直ちに削除されたが、インターネット上で拡散。引退したとはいえ党幹部の醜聞が公になるのは極めて異例だ。
 張氏は国有石油会社から政界に入り、山東省や天津市のトップを経て、12年に発足した1期目の習近平指導部で党内序列7位の政治局常務委員を務めた。一方、彭さんは13年のウィンブルドン選手権と14年の全仏オープンの女子ダブルスで優勝経験がある。
 彭さんの投稿は1600字余りの長文で、天津市時代の張氏と男女関係にあったことを告白。張氏が政治局常務委員に昇進して連絡が途絶えたが、引退後再び呼び出され、一緒にテニスをした後、妻のいる張氏の自宅で関係を迫られたという。彭さんは「(会話の)録音など証拠はない」としながらも、張氏が「山東省時代に君と知り合っていたら離婚できたが、今の立場では無理だ」と話した様子なども記している。
告発の中国テニス選手、消息絶つ 大坂選手ら、安否を心配
 中国の有名女子プロテニス選手、彭帥さん(35)が、共産党最高指導部メンバーだった張高麗・前筆頭副首相(75)との「不倫関係」を告発した後に消息が途絶え、テニス界から安否を懸念する声が上がっている。告発する文章は2021年11月2日、中国版ツイッター「微博」に投稿され、直ちに削除されていた。

中国テニス選手の告発、政府は沈黙 消息不明に心配の声高まる
 女子テニスの大坂なおみ選手は11月17日のツイッター投稿に「彭帥はどこにいるの」を意味するハッシュタグを付け、「性的虐待を受けたと告白した」彭さんの安否を心配。「いかなる場合でも検閲は許されない」と投稿が削除されたことを批判した。
 女子テニス協会(WTA)のサイモン最高経営責任者(CEO)は11月14日に声明で、告発に関して「深い懸念」を表明。性暴力は「最大限に深刻に」受け止められるべきだと主張し、「完全で、公正で、透明性があり、検閲のない調査が行われなければならない」と強い口調で訴えた。
 一方、中国国営の英語放送CGTNは11月18日、彭さんがWTA宛てに書いたとされるメール文をツイッターに掲載。「(WTAの声明文は)根拠も実証もなく、自分の同意なく公表されたものだ」と述べ、自宅で安全に過ごしていると強調した。だが、その後に発表されたWTAの声明でサイモン氏は、文章が本人によって書かれたものかどうかは疑わしいとの見方を示した。
 一連の騒動に対し、AFP通信は「中国政府は沈黙を続けている」と報道。「共産党幹部を直撃した、初の(性暴力を公表する)『#MeToo』運動だ」と表現した。
日本政府 彭さん問題、深入り避ける 欧米と温度差
 中国の女子プロテニス選手、彭帥さんが消息不明になった問題をめぐり、日本政府は深入りを避ける姿勢が明らかになっっている。発端となった元中国共産党最高指導部メンバーとの不倫問題について、事実関係が把握できていないことなどを理由としているようだ。岸田文雄首相は担当する首相補佐官を新設するなど国際的な人権問題を重視しているが、欧米各国が彭帥さんの所在確認を求めているのに対してとの温度差が鮮明になっている。
 松野博一官房長官は22日の記者会見で、「一刻も早く懸念が払拭(ふっしょく)されることを強く望んでおり、状況を注視していきたい」と述べるにとどめた。外交ボイコット論が出ている北京冬季五輪への対応についても「コメントは差し控える」と従来の見解を繰り返した。
 彭帥さんをめぐり、国連人権高等弁務官事務所の報道官は中国側に所在確認を要求。米国も「深刻な懸念」(サキ大統領報道官)を表明し、中国へのけん制を強めている。
 これに対し、日本政府が深入りを避ける背景には、これまで人権外交は制裁や圧力ではなく、対話によって問題解決を図ってきたことがある。外務省内からは「事実関係が確認できていない。拳を振り上げて何もなければ何だったのかとなる」(関係者)との声も出ている。
 また彭帥さんと国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長によるテレビ電話について「彭帥さんが自分の意思で話しているわけがない」(幹部)との見方もあり、問題が収束に向かうかは不透明だ。

女子テニス協会、中国での試合中止 彭帥さんの消息不明問題で
 12月2日、中国の女子テニス選手の彭帥さん(35)が共産党最高指導部の元メンバーとの不倫や性的関係を強要されたことを告発後に消息不明になった問題で、ツアーを統括する女子テニス協会(WTA)は1日、中国と香港で開催される全てのトーナメントを中止すると発表した。
 WTAのサイモン最高経営責任者(CEO)は、「彭帥さんが自由なコミュニケーションを許されず、性的暴行の疑惑を否定するように圧力をかけられているような状況で、選手に競技をしてもらうことはできない。来年、中国で大会を開催した場合、選手やスタッフが直面し得るリスクにも大きな懸念を抱いている」との声明を出した。 
 国際オリンピック委員会(IOC)はバッハ会長が彭さんとテレビ電話で会話したことを明らかにしたが、サイモン氏は「彼女が自由で安全であり、検閲、抑圧、脅迫の対象になっていないか重大な疑問がある」と指摘。中国側に求めてきた性的暴行の告発への完全で透明性のある調査を改めて要求した。
 中国では新型コロナウイルスの影響を受ける前の2019年にはWTAのトーナメント9大会が開催された。

彭帥氏 性的関係を強要を否定 バッハ会長、彭帥氏面会
 2022年2月7日、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が中国の女子プロテニス選手の彭帥(ポンショワイ Péng Shuài)氏と2月5日に面会したと発表した。元IOCアスリート委員長のKirsty Coventry氏も同席した。
 IOCによると3人は、新型コロナウイルス対策で遮断された“Cloded Loop”内の施設で夕食をともにして、オリンピックでのアスリートとしての共通の経験になどについて話し、彭帥氏は東京2020オリンピックに出場できなかったことに失望したと話した。またバッハ会長はCOVID-19のパンデミック収束した後に、彼女をローザンヌに招待したいとし、彭帥氏はこの招待を快諾した。
 IOCは、面会で話した内容の公開に関しては、すべて彭氏の裁量にゆだねることで双方が合意したとしている。
 昨年11月の彭氏との電話会議に同席したIOCアスリート委員会のEmmaTerho委員長は、この夕食会には参加はせず、代理のKirsty Coventry氏が出席した。
 一方、フランスのスポーツ紙レキップ(l’Equipe)は2月7日、彭さんの独占インタビューを報じた。彭氏は10年前に元国務院副総理兼中国共産党幹部の張高麗氏が性的暴行を加えたと主張、中国のSNS、Weiboに投稿したが、その内容を否定した。「外部からのとんでもない誤解に基づくもの」として、「今後、この発信の意味がゆがめられないことを願う」と答えた。また、「ひざの痛みと年齢を考えると、今後プロとして競技生活を送ることは考えにくい」と引退を表明。
  国営新華社通信は1月29日、習氏が引退した党幹部に春節前のあいさつを伝えたと報じたが、その対象者リストには、張高麗氏の名前もあり、張氏の動向が報道されるのは、Weibo投稿後では初めて。共産党系メディアの記者は「おとがめはない、ということだろう」(朝日新聞 2月8日)と語ったとしている。
 中国政府とIOCは、この会見で彭帥氏を巡る問題については決着したとしているが、性的関係強要の否定は果たして彭帥氏の真意なのか、彭帥氏と張高麗氏との間で一体何があったのか、真相は闇に包まれたままである。 彭帥氏はL'Equipe紙に対して、中国の政治家上院議員に対する性的暴行の申し立てを否定した 

出典 L'Equipe/Inside the Games

バッハ会長 中国の女子テニス選手、彭帥(Peng Shuai)と大会期間中に会うと公表
  2022年1月26日、国際オリンピック委員会(IOC)は、中国のテニスプレーヤー、彭帥(Peng Shuai)選手が北京冬季五輪の“closed loop”(バブル)でトーマス・バッハ会長と直接会う予定を明らかにした。 彭帥選手は、中国の元最高指導部メンバーから性的関係を強要されたと中国のソーシャルメディアWeiboで公表した後に、消息不明となり、彭帥選手の所在と安全に懸念が浮上し、世界各国から注目を集めていた。
 “closed loop”方式(バブル方式)は、北京冬季五輪大会組織委員会によって導入され、選手や大会関係者と一般市民を分離する。 IOCは、中国オリンピック委員会の助力で、「非常に厳格なCOVID-19対策の下で」彭帥選手との会談を行うことが可能になったとした。
 IOCは、これまでにバッハ会長と彭帥選手が2回のビデオ会議を開いたことを公表しているが、逆に国際世論から、中国に加担しているというに避難を浴びている。彭帥選手の安全と人権より五輪大会を優先するという批判が絶えない。 IOCは、先週も対話を行い、彭帥選手とのコミュニケーションが続いていることを明らかにしている。
 IOCのスポークスマンは、「IOCは2021年11月21日に彭帥選手と行った最初の電話以来、IOCチームは彼女と継続的に連絡を取り合い、彼女と何度も話し合った」と述べ、 「このようにして私たちはお互いをよりよく知るようになった。彼女は、北京冬季五輪大会を楽しみにしており、彼女の仲間の中国のオリンピック選手と緊密にフォローするつもりだと語っている」とした。彭帥選手はまた、バッハ会長との最初の対話を実現させたIOCアスリート委員会のエマ・テルホ委員長との面会も楽しみにしていると述べた。
 2021年11月2日、五輪大会に3回出場した彭帥選手は、中国のソーシャルメディアWeiboに投稿を公開し、10年前に元上級副首相兼中国共産党上級幹部である張高麗氏から性的暴行を受け、その後も性的関係を強要される関係が数年にわたって断続的に続いたとことを明らかにした。 この投稿は20分間以内に削除され、その後彭帥選手は3週間に渡って消息不明となった。
 11月21日、IOCは、バッハ会長が彭帥選手とテレビ電話で話したと発表した。発表によると、通話は30分間にも及び、彭帥選手は「北京の家で安全かつ元気に暮らしている」と説明したという。写真には笑顔で画面に映る彭さんの姿もおさめられている。

彭帥選手とテレビ電話で会話をするバッ会長 Source IOC Media

 しかしWTA(女子テニス協会)は「自由で、強制や外部干渉のない言動ができているのかは、はっきりしていないままだ」などと疑念はいまだに払拭されていない批判を強めた。
 12月1日、WTAは彭帥選手のコメントの信憑性に疑義を表明して、中国からすべての大会の開催を中止すると発表した。
 12月20日、彭帥選手は、シンガポールの中国語紙「聯合早報(Lianhe Zaobao)」が公開した動画の中で、「非常に重要な点を強調したい。私は誰かに性的暴行を受けたと言ったことも、書いたこともない」と述べ、微博(Weibo、ウェイボー)にした投稿については「プライベートな問題」で、人々が「誤解」したとだけと述べた。突然、「性的暴行」の告発を撤回した。
 しかし、彼女のコメントの正当性と自由に話すことができる環境での発言かについて疑問が残り、真実は依然として闇に包まれたままである。

「Where is PengShuai?(彭帥さんはどこ?)」Tシャツ 全豪オープンで禁止 一転容認
 2022年1月、ESPNによると、メルボルンで開幕した全豪オープン大会で、会場の観客が「Where is PengShuai?(彭帥さんはどこ?)」とプリントされたTシャツを着ていたところ、警備員や警察官から着用をやめるよう求められた。という。
 この様子を撮影した動画がTiktokなどにアップされ、「ここはメルボルンか?それとも北京か?」という字幕が添えられていた。大会主催者は禁止した理由について「いかなる政治的な声明も掲示してはならない」と述べた。
  この対応に抗議したのが女子テニス界のリジェンド、マルチナ・ナブラチロワ氏、Twitterで「#WhereisPengShuai」のハッシュタグを添えて、「情けない」とし、全豪オープンは中国に「降伏」したと非難した。
 全豪オープンは、韓国の起亜自動車、UAEのEmirates航空、高級時計のROLEXと並んで、白酒製造の中国大企業、瀘州老窖(Luzhou Laojiao)がスポンサー企業となっている。大会主催者の中国スポンサー企業への「忖度」が透けて見える。
 1月25日、相次いだ批判を受けて、大会主催者は、Tシャツについて「平穏にしている限り」着用を認めると方針転換した。

Source Times of India

人権問題の発言「五輪精神や中国規則への違反は処罰」 北京冬季五輪大会関係者が見解 Reuters報道
 来月開催される北京冬季五輪の当局者は19日、オリンピックの精神や中国の規則に違反した場合は処罰の対象になり得るとの見解を明らかにした。
 同当局者はオンライン会見で、選手が人権問題に言及した場合の対応について問われ「オリンピック精神に沿った表現であれば守られる」と述べた。
 一方「オリンピック精神に反する行動や発言、特に中国の法律や規制に反するものは一定の処罰の対象になる」と言明した。
 オリンピック憲章第50条は、競技会場などでの政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じている。だが昨年緩和され、混乱を起こさず競技者に敬意を払って行われるなら競技場でのジェスチャーは認められるようになった。
  国際オリンピック委員会(IOC)は、競技中やメダル授与式の最中でなければ、選手は記者会見やインタビューで自由に意見を述べることができると明確にしている。
 こうした中国側の姿勢に対し、人権問題に批判的な欧米メディアの対応が注目される。
 とりわけ新疆ウイグル自治区の人権問題をいち早く告発した英BBCの報道姿勢が焦点となる。また北京に大規模な取材陣を派遣する米ニューヨークタイムズや米ワシントンポスト、AP、Reuters、AFPの対応も焦点となる。
 大会開催期間中の中国政府と欧米メディアの軋轢から目が離せない。
北京五輪で人権問題巡る発言自粛を、選手に専門家が警告
 2022年1月18日、非営利の国際人権組織であるヒューマン・ライツ・ウォッチが主催したセミナーが開かれ、参加した専門家は、来月の北京冬季五輪に参加する選手に対し、身の安全のために中国国内にいる間は人権問題について語らないよう警告した。
 人権団体はかねてから、中国政府によるウイグル族などイスラム系少数民族の扱いを問題視し、国際オリンピック委員会(IOC)が中国を五輪開催地に選定したことを批判してきた。米国は中国のウイグル族への弾圧をジェノサイド(民族大量虐殺)と見なして非難しているが、中国は人権侵害を否定している。
 国際的なアスリートらによる団体「グローバル・アスリート」の代表であるロブ・ケーラー氏はセミナーで、「選手はほとんど守られないだろう。沈黙は共犯にもなるが、参加選手には何も語らないことを勧める。彼らには五輪で競技をし、帰国した際に発言してほしい」と語った。
 オリンピック憲章第50条は、競技会場などでの政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じている。
 ヒューマン・ライツ・ウォッチの研究員、Yaqiu Wang氏は「中国の犯罪法は極めて曖昧で、人々の自由な言論を取り締まるために使えてしまう。けんかを売ったり、トラブルを招いただけで起訴されることがある。平和的で批判的な意見と見なせるあらゆるものが犯罪とされている」と述べた。
 クロスカントリースキーの元米国代表選手、ノア・ホフマン氏は、米国の五輪代表チームは安全のため人権関連の質問を受けないことになっていると指摘。本来、選手が極めて重要だと考える問題について発言を控えさせる必要はないべきだとした上で、「中国当局から起訴されるだけでなくIOCからも処分される恐れがあるため、北京五輪の参加選手は沈黙を守ってほしい」と語った。(Reuters 2022年1月19日)

北京五輪の最大のアキレス権 人権問題 ボイコットの動きも
 2021年2月3日、開幕1年前を迎えて、世界ウイグル会議(WUC)や国際チベットネットワークなど世界各国の約180の人権団体などが中国における人権問題を理由に大会をボイコットするよう各国首脳に呼び掛けた。「五輪が悪用され、中国政府によるおぞましい人権侵害や弾圧がエスカレートする」としていると訴えた。
 昨年10月、ドミニク・ラーブ英国外相が、中国による新疆ウイグル人への迫害の証拠が増えた場合、北京冬季五輪不参加の可能性を示唆した。
 ラーブ外相の発言を受けて、米ニューヨークの国連で開かれた人権会議で、英国やドイツ、豪州、日本など39カ国が中国の人権問題を批判する共同声明を発表、アメリカの連邦議会では、共和党の7人の上院議員が中国でのオリンピックの開催に反対する決議案を提出した。
 中国に対しては、新疆ウイグル自治区問題だけでなく香港での民主派弾圧などで国際社会から厳しい批判が浴びせられている。
 周近平政権の冬季五輪開催で世界に中国のプレゼンスを誇示するという戦略に人権問題という壁が立ちはだかっている。

北京五輪エグジビションセンターを訪れた習近平主席 出典 Beijing2022

米、北京五輪“外交ボイコット”表明 選手団は派遣
 2021年12月6日、バイデン米政権は6日、来年2月の北京冬季五輪に政府当局者を派遣しない“外交ボイコット”を表明した。新疆ウイグル自治区での少数民族ウイグル族らへの弾圧など中国の人権問題に抗議した。
 米政府は、「中国は新疆ウイグル自治区でジェノサイド(集団殺害)と人道に対する罪を現在も犯しており、ほかの人権侵害もある」と中国を非難。「人権を守ることは米国人のDNAだ」と述べ、外交ボイコットに踏み切る姿勢を明らかにし、米国に追随する国が出てくることに期待感を示した。
 その一方で、米国選手団は予定通り参加するとし、選手団を派遣しなかった1980年のモスクワ五輪のボイコットとは異なると強調した。
 これに対して、中国外務省の趙立堅副報道局長は、「オリンピック憲章にあるスポーツの政治的中立という原則に著しく反するものだ。強烈な不満と反対を表明し、断固とした対抗措置をとる」と表明した。さらに「スポーツの政治化、五輪への干渉と妨害をやめなければ、両国の対話と協力も損ねることになる」と語り、米中関係に影響を及ぼす可能性を示唆した。
 しかし、具体的にどのような対抗措置を行うのかという質問に対しては「アメリカは、この間違った行動の代価を支払うことになる。待っていてほしい」と述べるにとどめ、米中関係の決定的対立に陥ることを避けている。
 国際オリンピック委員会(IOC)は、「政府関係者や外交官の出席は純粋に各国政府の政治的な決断であり、IOCは政治的な中立を全面的に尊重する」と表明し、米国に対して批判的な姿勢をとることを避け、米国の対応に一定の理解を示しながら、“外交ボイコット”とは距離を置いた。
“外交的ボイコット” 支持は広がらず 英国、豪州、カナダなどは追随
 米国の“外交的ボイコット”に、英国、豪州、カナダ、ベルギーなどが同調し、日本、ドイツ、オランダ、ニュージーランドは政府代表団を派遣しないと明らかにした。
 一方、2024年にパリ夏季五輪を控えるフランスは同調しないとし、EUも“外交ボイコット”に合意に至らず、イタリア、スイスなどは政府代表団を派遣すると表明、EU加盟27国のほとんどは“外交的ボイコット”に同調していない。韓国は首脳は出席しないが国会議長とスポーツ担当閣僚が出席するとした。政府代表団を派遣しないと表明した国も、スエーデン、オーストリアなどはCOVID19の中国の規制を理由に挙げている。
 バイデン政権が習近平政権に圧力をかけようと目論んだ“外交的ボイコット“は「破綻」している。人権問題への抗議とオリンピック大会は離すという国際社会の認識が支配的になっている。各国の選手団は続々と北京入り、冬季五輪大会への影響はほとんどない。もともと政府代表団の五輪大会での実質的な役割はほとんどない。

【外交的ボイコットを表明】
米国、英国、カナダ、豪州、ベルギー、オランダ、デンマーク、リトアニア、エストニア、コソボ 、インド(国境地帯の衝突で負傷したとされる中国軍兵士が、聖火ランナーに起用したことに抗議)
【閣僚を派遣しないと表明】
日本(“外交的ボイコット”という用語は使用せず)、ニュージーランド(COVID19パンデミックなど「さまざまな要因」["range of factors"])、ラトビア(中国の厳格なCOVID19対策など"various circumstances " “外交的ボイコット”とは距離を置く)、スエーデン(COVID-19 pandemicと厳しい中国検疫体制が理由 “外交的ボイコット”は否定)、オーストリア(COVID-19 pandemic “外交的ボイコット”は否定)、ドイツ(“外交的ボイコット”は否定)

“外交的ボイコット”の真相
 “外交的ボイコット”の決められた定義はないが、政府関係者を開会式などに派遣しないことで抗議の姿勢を示す外交手段の一つとされている。
 “外交的ボイコット”という表現が使われるようになったのは、2021年5月、中国の人権侵害に批判的な議会の有力者、民主党のペロシ下院議長が“外交的ボイコット”を検討すべきだと主張したことに始まる。
 バイデン政権は、“外交的ボイコット”という表現は公式には使っていないが、“外交的ボイコット”と報道されることを否定しない。
 新疆ウイグル自治区に関しては、ウイグル族などに対して投獄、拷問などが行われ、人権の抑圧が続いているとして中国を激しく非難し続けている。
 しかし、USOPC=アメリカオリンピック・パラリンピック委員会のサラ・ハーシュランドCEO=最高経営責任者は「アスリートに悪影響を及ぼすだけでなく、国際問題の解決にも効果的でないことが明らかになっている。若い選手たちを政治の駆け引きに使うべきではない」と述べ、スポーツへの政治介入について批判的な姿勢を貫き、北京冬季五輪2022に予定通り、選手団を送ることを表明している。
 米国が“外交的ボイコット”を表明したのを受けて、岸田首相は「アメリカが北京オリンピック、パラリンピックを外交的にボイコットするということを発表したことを承知している。わが国の対応は、オリンピックの意義、さらには、わが国の外交にとっての意義などを総合的に勘案し、国益の観点からみずから判断していきたい。これがわが国の基本的な姿勢だ」と述べ、「国益」を強調する姿勢を示した。
岸田政権、北京五輪「外交ボイコット」を表明 米に同調、人権重視の姿勢強調
 2021年12月24日、岸田政権は、2022年2月の北京冬季五輪に、閣僚や政府高官ら政府関係者を派遣しないことを決め、松野博一官房長官が閣議後会見で発表した。
 日本オリンピック委員会会長の山下泰裕氏と参院議員で東京大会組織委員会会長の橋本聖子氏は、現地で開かれる国際オリンピック委員会の総会に合わせて出席する。
 東京五輪に出席した中国側のトップが、閣僚級の国家体育総局長だったことから、政府は閣僚の派遣自体は見送る方向で調整。閣僚ではないが、同じスポーツ政策を担うスポーツ庁の室伏広治長官の派遣も検討したが、政府高官のため、見送った。
 松野氏は「自由、基本的人権の尊重、法の支配が中国においても保障されることが重要であると考えている。北京冬季大会への政府の対応は総合的に勘案して判断した」と説明し、人権重視の外交姿勢を強調する狙いを込めた。しかし、今回の対応について、「特定の名称を用いることは考えていない」として「外交的ボイコット」の言葉は用いなかった。
 米国や欧州と足並みを揃えた格好だが、「外交ボイコット」という表現を避けて、対中関係に一定の配慮を示した。
 北京冬季五輪への対応については、与野党からも政府代表を送らないよう求める声が相次いでいた。超党派の国会議員連盟は14日に首相官邸で、首相に「外交ボイコット」を要求。自民党の外交部会と外交調査会も23日、速やかに「外交ボイコット」を決めて公表するよう求める決議を林芳正外相に提出していた。