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1ミリを見逃さなかった4K/HDRと8倍速スーパースローモーション
 決勝トーナメント進出に崖っぷちに立たされた日本代表は、三苫選手の決死のセンタリーングで優勝候補のスペインに勝利した。この勝利を支えたのはVAR(Video Assistant Referee)システムといっても良いだろう。競技場には8倍速で記録する高精細4Kカメラ(SSM)が並び、VARルームでは数百分の1秒単位のフレームごとに鮮明な画像が確認できる。ラインを割ったかどうかは、ボールの接地点ではなくボール全体で判断するルールになっているが、審判や観客の「人間の目」ではこの判定は不可能に近い。「電子の目」が試合の勝敗を決めた。以下出典 FIFA
Qatar2022 で導入 半自動オフサイド判定テクノロジー
 オフサイドは、得点に結びつく確率が高い上、選手のスピードのある動きを目視で識別するのは難しく、さらに位置によっても異なって見えるため、毎回、判定を巡ってもめることが多い。
 そのオフサイドの判定を、FIFA(国際サッカー連盟)は、最先端技術を投入して、「電子の目」で行うシステムを開発して、Qatar2022で導入した。
 「SEMI-AUTOMATED OFFSIDE TECHNOLOGY」と名付けた判定システムで、VAR(Video Assistant Referee)の機能に追加された。
▼試合使用ボールに、慣性ユニットセンサーを埋め込み、フィールド内の「位置情報」を1秒間に500回送信する。(図1)
(図1)
▼屋根の下に設置されたVAR専用の12台の中継カメラでオフサイドラインを追跡する一方、競技中継4Kカメラで選手をフォローして、画像認識技術で、各選手の手や足、頭など全身をくまなくカバーする30個ほどのポイントで解析、1秒間に50回の「位置情報」を送る。サッカーのルールでは、手足、頭、胴体の一部でも最終ディフェンスラインを超えればオフサイドと判定される。(図2/3)
図2)
(図3)
▼攻撃側がゴールに向けてパスを出した瞬間、AIでボールや各選手の「位置情報」(kick point)を瞬時に解析して、オフサイドラインを重ね合わせる。オフサイドを検知すると、VAR(Video Assistant Referee)ルームにオフサイド・アラートが自動的に送られ、VAR審判がレビューする。
▼VAR審判の判定はフィールド内の主審に送られ、テレビ中継画面やスタジアムのジャイアント・スクリーンで表示される。
(図4)
▼その20分程度に、AIで合成された「オフサイド判定結果」の3D-CGがテレビ中継画面やスタジアムのジャイアント・スクリーンで表示される。(図4)

 ファイルなどを判定するVARシステムは、主審がフィールド脇に設置されたVARモニターで映像を見て最終的に判断を下すのに対して、オフサイドの判定は「OFFSIDE TECHNOLOGY」で自動的に判定され、VARルーム・レビューで決定される。
「人間の目」を超えた「電子の目」
 11月22日、C組のアルゼンチン対サウジアラビア戦で、前半27分、アルゼンチンのマルチネス選手がパスを受けてサウジアラビアの最終ラインのディフェンダーを振り切り、シュートしてゴールを揺るがした。これで、1-2でリードされていたアルゼンチンが同点に追いついたと歓喜したが、VARオフサイド・ レビュー:によりオフサイドの判定が下り、ノーゴールとなった。マルチネス選手の左腕がディフェンダーの選手より「前」の位置に出ていたのを、「電子の目」は見逃さなかった。
副審は分からなかった。選手の体の一部分ともなると到底、「人間の目」では識別できないだろう。
結局、アルゼンチンは、1-2で敗退した。
(図5)
 オフサイドは基本的には線審(ラインズマン)が旗を上げて判定するが、「OFFSIDE TECHNOLOGY」が線審の判定を覆すケースも現れた。
11月29日、G組のカメルーン対セルビア戦では、後半18分、カメルーンのアブバカル選手は、パスを受けてセルビアの最終ラインのディフェンダーを振り切り、ゴールキーパーの頭を超える鮮やかなループシュートを決めた。
線審は、オフサイドフラッグを上げたが、VARオフサイド・ レビューにより、オフサイドはなく、ゴールは認定された。(図6)
 試合は3-3の引き分けに終わった。
 VAR(Video Assistant Referee)は、モスクワ2018大会で導入されたシステムである。マルチアングルで撮影された高精細スロー映像をレビューすることで、ペナルティエリア内のファールやイエローカードやレッドカードの対象となる危険なプレーなどの判定をアシストする。モスクワ大会では交錯したプレーのジャッジを公正にしたと評価をされた。
  Qatar2022 からは、試合開始前にフィールドにいる主審と副審の4人と共に、VARルームにいるVAR REFREEと3人のVAR ASSISTANTを紹介することになった。
インファンティーノFIFA会長は、「悲しいことに世界の多くの地域で発生している選手、関係者、観客からの審判への攻撃から守るために、VARシステムの導入によって断固たる判定をすることができるようになった」と述べた。
(図6)

 FIFAは、OFFSIDE TECHNOLOGY、VAR(Video Assistant Referee)の他に、ゴールを判定するGoal Line Technolpgyや試合後、個々の選手が自分のパーフォーマンス・データにアクセス可能なFIFA Player Appの4つの技術を導入した。
 高精細映像、画像解析、センサー、位置情報、AI、最新の先端技術がスポーツの世界も変えている。マラドーナの「神の手」ゴールは、二度と登場しないだろう。
HBS 全64試合4Kで配信 Qatar2022
 スポーツコンテンツの世界では、4Kがデフォルトとなった。
 2019ラグビーワールドカップ日本大会、2020東京五輪大会、2022北京冬季五輪大会に続き、FIFAワールドカップ・カタール大会も映像制作・配信はすべて4K/HDRで行われた。

 Qatar2022のホストブロードキャスターは、FIFA系列企業のHBS(Host Broadcast Services)、FIFAワールドカップのオペレーションを独占している。
 HBSは、カタールで最大のQatar National Convention Centre (QNCC)にIBC(International Broadcasting Center)を設置、8つのスタジアムで行われた映像・音声の配信を行った。
42台のライブ高精細中継カメラ ピッチには死角はない
出典 FIFA
 HBSは、8つのスタジアムにそれぞれ42台のカメラを配置してライブ映像制作に臨んだ。スタジアムのあらゆる角度から高品質な映像を撮影する。
 その詳細を見てみよう。

▼ 16×競技中継ベーシック4Kカメラ
▼ 8×8倍速4Kスローモーション(SSM)中継カメラ
▼ 2×4K1000fpsウルトラスローモーション(UM)中継カメラ 選手の印象的プレー映像
▼ 2×ゴール裏のクレーンカメラ シュートシーン
▼ 3×戦術カメラ それぞれのチームカメラ
▼ 3×ハイポジション・カメラ
▼ 2×RFシネスタイル・カメラ 主に観客席映像
▼ 1×ビューティ・カメラ 俯瞰映像
▼ 1×空撮(ヘリコプター)
▼ 1×空撮(ドローン)
▼ 1×4ワイヤ―空中懸架カメラ ダイナミックな動きの俯瞰映像
 この42台の中継カメラ映像をスイッチングして、ライツホルダーに、12 種類のフィードを提供される。 中継のメイン・フィードは、Extended Stadium Feed (ESF) と Extended Basic International Feed (EBIF) で、ESFは4Kフィード、EBIFは独自コンテンツ素材も加えたフィードだがHDである、
 そのほか、空撮フィード、戦術カメラフィード、チームA/Bの選手追跡フィード、選手や観客の印象的な映像を配信するエモーションフィード、選手のアクションの名場面クリップフィード、ゲームハイライトフィード、データ・フィード(Stats)など多彩なフィードが行われた。
 勿論、4Kスローモーション(SSM)カメラ映像はVARシステムを支えている大黒柱。
ABEMAの躍進を支えたテレビ朝日
 FIFAワールドカップQatar2022の国際映像(ホスト映像)は、64試合すべてを4Kで制作して各国の放送機関に4KとHDで配信した。日本ではNHKとテレビ朝日系列、フジテレビ系列、ABEMA TVが放送権を獲得しているが、この4K配信を利用したのはNHKのみ、テレビ朝日系列、フジテレビ系列は、地上波(HD)で放送するだけで、BS-4K放送は行わなかった。東京五輪2020では、民放系列局も4K放送を実施していた。今回は、4K放送を行っても十分なコマーシャル収入が得られず、むしろ地上波放送の視聴率にマイナス要素となるだけと判断したのであろう。
 8K放送については、FIFAモスクワ2018や東京五輪2020で、あれだけ頑張って8K中継を現地にスタッフ・中継車を送りこんたで8Kサービスを実施したNHKは、ついにやめてしまった。
 鳴り物入りで開始した新4K8K放送だが、FIFAW杯という高精細放送向けの格好のコンテンツを捨てる姿勢は納得できない。新4K8K放送の「普及拡大」はどこへいったのだろうか? 苦言を呈したい。
その一方で、一躍注目を浴びたのが全64試合を無料配信したAMEMA。日本-クロアチア戦では史上最高の視聴者数は延べ2300万人超を達成して、一時は、アクセス制限をするほどの人気だった。Qatar2022 では、ABEMAが参入したことで、NHK+は総合テレビ放送試合のサイマル配信のみで、しかもライブのみ、民放系列Tverはフジテレビ、テレビ朝日が中継した試合のサービスは一切なし、ネット配信は  ABEMAのほぼ独占となった。
 ABEMは、テレビ朝日の全面協力を得て中継番組制作能力を大幅に充実させ、キャスター陣はテレビ朝日のアナウンサーが出演、本田圭佑元代表を起用してユニークな解説が人気を得て演出的にも高い評価を得ることに成功。
この結果、AVEMAは、知名度上げて大成功を果たした。ABEMAの収入は配信に伴うコマーシャル収入だが、放映権料に見合った額は到底、達成できなかったと思われるが、大きな成果を得たことは間違いない。今後のビックスポーツサービスのビジネス・モデルに一石を投げかけた。
再び放映権料暴騰へ 波乱FIFA2026大会の放送権
 
 FIFA2026大会は、史上初めてのカナダ、アメリカ、メキシコの3国共同開催となる。
開催案では米国17都市、カナダ3都市、メキシコ3都市の計23都市が開催候補に挙がっている。開幕戦はメキシコ市など3都市、決勝戦はダラスやロサンゼルス、ニューヨーク・ニュージャージーが候補で、今後検討するとしている。
 FIFAはこの大会から、出場チームをこれまでの32から48に拡大する。
 より多くの国を出場させて試合数を追加し、放映権及び広告収入の増大を狙った。
 アメリカでのサッカー人気は伝統的に高くはなかったが、女子サッカーでモーガン選手やワンバック選手などが活躍し、2015年と2019年大会で連続優勝を成し遂げてサッカー人気が一気に高まった。
 こうした中で、2018年モスクワ大会と2022年カタール大会の放送権は、FOX(英語放送)とTelemundo(スペイン語放送)が、破格の約10億ドルで獲得した。これまで放送していたESPN/ABCから奪い取った。2026年三国共同開催を見据えた戦略である。
しかし、2018年モスクワ大会では、アメリカは予選で敗退、FOXの視聴者数は、前回を下回り苦戦をした。そして、今回のカタール2022大会では、背水の陣で臨んだが、アメリカ代表は首尾よく決勝トーナメントに進出を成し遂げ、視聴者数は史上最高の1約1300万人を達成(アメリカvsオランダ戦 1-3で敗退)、この試合までの累計視聴者数は前回に比べて163%増となり、胸をなでおろしていると見られる。
 2026三国共同開催の放送権は、FOXグループと、ESPN/ABCとの一騎打ちなる可能性が強く、再び放映権料の暴騰が予想される。日本では、全64試合無料配信で評価を上げたABEMA/テレビ朝日連合の戦略が台風の目になるだろう。